……これが今から数時間前の俺たちの会話だった。
――――――今考えると、朋紀はこうなることくらい計算済みだったんだろうな。俺をどこにも逃がさないために、この洋館に閉じ込めて自分のもとに足止めさせるために。
別荘に着いたその日の夜はひどい雨だった。短い林道を下ればすぐに街があるため、もしものときでも心配はしていなかったが、運の悪いことに停電が起こった。
急いでキッチンの引き出しにあったキャンドルに灯をともし、俺たちはそれぞれの部屋でそれぞれの時を過ごしていたのだが――――――。
朋紀に急に呼び出された俺は、頼りない足元でリビングにたどり着く。キャンドルは朋紀が持っていたものと俺が持っていたものが既にあるため、その二本をそのまま使った。
妙なムードが漂う中、ふいに朋紀の話が始まった。
「……なぁ、幸成。俺らはもう戻れないのか?」
「何の話だ」
「とぼけるなよ!」
「……あの時言ったはずだ。“別れよう”と」
「お前が会社を継いだら、お前が日本にいる時間が少なくなるからだろ?あの時はもちろん、今だってお前と一緒に行くことはできねぇけど……でも、俺はいつまででも待てる!誓ってお前を待ち続ける覚悟がある!だからもう一度俺とのこと、考えてくれないか?」
「――――――物好きだよ、お前は」
「物好きでも何でもいい!俺はお前だけを愛してる!!それは未来永劫変わることはない!一緒に行くことができなくても、せめて待つことくらい許してくれ!」
朋紀はテーブルを両手で打った。窓ガラスを叩く雨音がその音と合わさった。
キャンドル越しの朋紀の目はいつにもまして魅力的だ。色だけじゃなく、その強さも。一直線に俺を見つめてくる。
「俺の気持ちに変化はない。会社のことがなくても俺はお前を愛せない」
「…………」
そんなわけない。俺は朋紀が好きだ。こんなに一途な朋紀が愛しくて仕方がない。でも、俺が側にいてはかえって朋紀のためにならない……。仕事にかまけて世界を行ったり来たりしているような男と一緒にいても、朋紀にとって何の利益にもならない。
それに俺は男だ。世間の目はまだまだ厳しい。同性愛を快く思わない奴らから、朋紀がどんな誹謗中傷を受けるか……。俺はともかく朋紀だけはそんな目にあわせたくない。
朋紀くらいの男なら、言い寄る女くらいいくらでもいるだろう。仕事にかまけて他のことに興味を持たないつまらない男より、綺麗で優しい奥さんと子供に囲まれた家庭を築いて幸せになってほしい。
でもそんなこと、こいつには言えないだろう?もし言っても、俺が心のどこかで期待しているような答えを返してくれるだけだ。――――――それじゃ、意味がない。
……何か自分が今どき流行らない、好きな男のために自ら身を引くドラマのヒロインみたいに思えてきたぞ。
「どうしても、戻れないのか?」
ぽつりとつぶやいた朋紀は泣きそうな顔をしていた。
「ああ」
辛い―――――――。でもこれでいいんだ。
「……せめて今だけでも……駄目か?」
立ち上がった朋紀は、俺をソファーから抱えあげるとキングサイズのベッドに運んだ。この腕は心地いい。付き合っていたときには何度かそういうコトもした。抱かれている時、朋紀の腕や胸がひどく安心できるものだと知った。このままずっとこんな関係が続けばと思っていた。
俺はベッドのふちに腰をかけさせられ、朋紀も俺の隣に座った。その間もお互い視線だけは逸らさなかった。ふいに伸ばされた腕が優しく俺を包み込んでも、俺の身体は硬直して動かせない。
「しばらく……このままで」
俺は両腕をあえて朋紀の背には回さなかった。……ますます離れられなくなるからだ。
「明日、朝一の便でロスに発つ」
別離の言葉を小さく、でもはっきりと言い切った。
俺の感覚では日本とロスの距離がそんなに離れているとは感じないが、今はむしろその距離を考えることで自分の気持ちに踏んぎりをつけたかった。それはもちろん朋紀にも感じてほしいことだ。
「っ!」
聞きたくないとばかりに俺を抱く腕に力を込めた朋紀。
でも、これ以上は駄目だ。
「……じゃあな。飛行機に間に合わなくなる」
手持ち無沙汰だった両腕で朋紀の胸を突く。自分のコートと鞄を持つと、玄関へと急いだ。
「待てよ!!」
慌てた様子で俺を追ってきた朋紀は、俺の腕を掴むと自分の方へ向き直らせて、俺の口といわず首筋や鎖骨にまで、いささか乱暴なキスを浴びせた。
「行くな!二度と俺の前から消えないでくれっ!」
必死に引き止める朋紀の声は悲愴感漂うものだった。しかし俺はその声を遮った。
「……じゃあな」
俺は荒々しく朋紀の腕を振り払い、ドアを開ける。そのドアが自然に閉まるまでの間が嫌で、後ろ手に押さえつけた。
バタンと閉まったドアを、ただ呆然と見つめる朋紀の瞳からは一筋の――――……。